拠点長挨拶
土は、沈黙しています。しかし土の中では、無数の微生物が有機物を分解し、根が水を吸い上げ、炭素が蓄えられ、生命が循環しています。森林を流れる水は農地を潤し、河川を経て海へとつながります。そして、森が育む木材は私たちの暮らしを支えながら炭素を長期にわたって蓄え続け、農地は作物を生み出しながら土壌の中に生命と炭素を育んでいます。この目に見えない循環こそが、食料と水資源を安定させ、気候を調節し、地域社会を成り立たせてきた基盤です。
しかし今、この循環が揺らいでいます。気候変動による豪雨・渇水・山地災害の激化、農山村の過疎化と農地・林地の荒廃、生物多 様性の劣化。化石燃料への依存が温暖化を加速させ、その温暖化が農林業の現場をさらに追い詰めるという悪循環も深刻です。これらは個別の問題ではなく、流域という一つの空間の中で連鎖する「複合危機」であり、個別の研究室や単一分野のプロジェクトでは、太刀打ちできない課題が多々あります。
ReBio-HUBは、この問いに正面から向き合うために生まれました。私たちが特に重視するのは、森林・農地・水系を「流域」という一つの単位で捉え直すことです。山の木を適切に育て、収穫し、建材・バイオマスエネルギー・バイオ素材として利用する。森が保全した水と土が農地を支え、そこで育った作物や草地資源は家畜の飼料となり、畜産物として食卓へと届く。家畜の排泄物などは堆肥として土に還り、土壌炭素を蓄えながら次の作物を育てる。この「森から食卓まで」をつなぐ資源循環こそが、農林業が主役となるカーボンニュートラル社会への具体的な道筋だと考えています。
その実現には、名古屋大学と岐阜大学が東海国立大学機構のもとで連携し、分子スケールの基礎研究から流域スケールのフィールド実装まで、農学の知を縦横につなぎ直す知と技術の結節点(HUB)が必要です。遺伝子・微生物・根系のはたらきという生命の根本原理を解き明かすことを出発点に、非破壊センシングやドローン・衛星を活用したリモートセンシングによって、その知見を農場・林地・流域へとスケールアップする。分子の世界で見えたことが、センシング技術を介して流域全体の姿として可視化される。名古屋大学と岐阜大学が有する農場・演習林は、中部山岳から伊勢湾まで一続き の流域に広がり、この「分子から流域まで」をつなぐ実証の舞台となっています。現場から返ってくる問いを研究に持ち帰り、また現場へ還す「フィールドトランスレーション」の往復運動を、企業・行政・地域とともに回し続けることが、本拠点の核心です。
土を守り、水を守り、森を守る。そして木材を賢く活かし、農地の生産力を持続させ、食と安全を次の世代へと確かに引き継いでいくこと。守ることと使うことを循環させるこの営みこそが、私たちに課せられた責任です。研究者・行政・企業・市民、すべての方とともに、東海の地から新しい農学のモデルを創り出してまいります。
ReBio-HUB 拠点長 五味高志
背景と課題
現代社会は、気候変動の激化、農林水産業の持続可能性と生産性の両立、
農村経済の空洞化など、複合的な課題に直面しています。
特に森林・農地を含む国土の持続的管理は、
食料、水資源、木材、炭素循環、生物多様性、災害リスクに関わる重要な課題です。
ReBio-HUBでは、こうした課題を分野別に扱うのではなく、
土壌・水・生物・資源循環・地域社会をつなぐ統合的な農学研究として捉え、
地域の意思決定を支える知の創出を目指します。
拠点の目的
東海地域の生物資源と社会システムを統合的に分析し、
データ駆動のアプローチで持続可能な農学モデルを構築します。
未来のバイオマス変換や共創社会システムの設計を、東海地域の
フィールドデータから世界へ発信する拠点を目指します。
名古屋大学の分子・微生物学と岐阜大学の農林業フィールドの
強みを融合させ、地域社会の課題解決に貢献します。
研究者や社会の皆様が共創する環境で、次世代の農学研究の
基盤を築き、地域の未来を共に創出することを目的としています。
大学の強みと連携
名古屋大学と岐阜大学の強みを組み合わせることで、
分子から流域までを縦につなぐ学術基盤と、
基礎研究から社会実装へつなぐフィールド・トランスレーションの基盤を形成します。
名古屋大学:Micro/Bio
岐阜大学:Macro/Field
分子生物学、ゲノム育種、微生物制御、基礎研究
分子・細胞・生物機能の解析
フィールド科学、流域、農林業現場、社会実装
演習林・農場・地域フィールドでの実践